福井地方裁判所 昭和46年(行ク)2号 決定 1971年10月16日
申請人 横山誠一 外二一名
被申請人 福井県公安委員会
主文
一、本件申立を却下する。
二、申立費用は申請人らの負担とする。
理由
第一当事者の申立
申請人ら
一、被申請人が昭和四六年八月一〇日の経過をもつてなした、県道福井停車場線路上の福井市中央一丁目五番一一号先横断歩道(別図点線で画された斜線部分所在)の
(一) 横断歩道廃止処分の効力
(二) 右横断歩道上の、右県道車道中心線に設置された鉄柱並びに鉄鎖及び右横断歩道と右県道両側端部分の歩、車道の境界地点に鉄条網を設置する等の、事実行為的処分によりなされた横断禁止処分の効力
は、本案判決が確定するに至るまで、これを停止する。
二、申請費用は被申請人の負担とする。
被申請人
主文第一項と同旨
第二当事者の主張
申請人ら
別紙「申立書」「補充書(一)」「補充書(二)」のとおり
被申請人
別紙「意見書」「補充意見書」のとおり
第三当裁判所の判断
一、疏明によると、被申請人が、昭和四六年七月二二日・同月二九日における被申請人の公安委員の決裁により、同年八月一〇日限りをもつて、申請人ら主張の本件横断歩道を廃止することを決定し、これにもとづき同月一一日未明所轄警察職員をして、右横断歩道の標示および標識を抹消または撤去させ、本件横断歩道を廃止したことが認められる。
(一) 横断歩道廃止の行政処分性について。
公安委員会が横断歩道を廃止できる明文の根拠規定はないが、道路交通法第一二条第一項は「公安委員会は歩行者の横断の安全を図るため、横断歩道を設けることができる。」と規定しており、また当該行政行為をした行政庁は一旦なした行政行為に拘束固定されるものでなく、その後事情変更を生じ公益上相当の理由のあるときは先の行政行為を取消撤回できることを考えると、公安委員会が道路における危険を防止しその他交通の安全と円滑を図る一環として、歩行者の横断の安全を図るために横断歩道を設けた後に、道路その他の状況変化により横断歩道の必要が消滅したとか、あるいは当該横断歩道の存在が適切に一般公共の用に供せられるべき道路の公益目的に合致せず、これを廃止することが相当であると認められるに至つた場合には、公安委員会は既設の横断歩道を廃止することもできるといわなければならない。
ところで、右のとおり横断歩道が歩行者の生命、身体などの安全を図ることを目的とすることは明らかであるばかりでなく、道路交通法第一二条第二項は「歩行者は道路を横断しようとするときは、前項の横断歩道がある場所の附近においては、その横断歩道によつて道路を横断しなければならない。」と規定し、他方同法第三八条は「車輛等は歩行者が横断歩道……を横断し、又は横断しようとしているときは、当該横断歩道の直前で一時停止し、かつ、その通行を妨げないようにしなければならない。車輛等は、交通整理の行なわれていない横断歩道の直前で停止している車輛等がある場合において、当該停止している車輛等の側方を通過してその前方に出ようとするときは、当該横断歩道の直前で一時停止しなければならない。(三項省略)と規定し、かつ、同法第一一九条は右第三八条違反の場合の罰則を規定しているなど、以上の点から考えると、公安委員会のなす横断歩道の廃止は、歩行者が法律の保護の下に利用していた横断歩道の使用を全面的に奪うものであつて、ことに日常生活関係のうえで現実に当該横断歩道により便益を受けていた者の法律上の利益にかかわるものとして、行政処分であると解するのが相当である。
(二) 申請人らの当事者適格。
疏明によると、申請人らはいずれも本件横断歩道の近くに居住し、日常生活上該横断歩道を通行利用しているものであるばかりでなく、其処で商業等の営業をしているものであつて、本件横断歩道が廃止された後は、右歩道廃止に伴い、申請人らを含め歩行者の通行が著明に阻害されたことは否定できず、したがつて右歩道廃止前と比較し、申請人ら店舗の前を往来する通行人が減少し、営業上の収入に影響を与えていると思われること、さらに申請人らは右の事情のため地価の値下がりによる損失を危惧していることが認められる。
右認定によれば、申請人らは前記横断歩道廃止処分につき、その取消を求める法律上の利益があり、したがつて本件申立における申請人適格があると認めるのが相当である。
(三) 疏明によると、本件横断歩道およびその近傍横断歩道、地下道の所在位置関係は別紙図面のとおりであること、申請人らが、本件横断歩道廃止処分により、該横断歩道を通行利用できなくなつたため、道路通行上の利便を阻害されていることは著明であるが、別紙図面A、Bの横断歩道、Cの地下道が近くに在ることが認められるので、申請人らが歩行者として回復困難な損害を受け、それを避けるために本件横断歩道廃止処分の効力を停止する緊急の必要があるということはできない。
また、前述のとおり申請人らが本件横断歩道を廃止されたために、営業上の収益が減少するなど経済上の損失を受けることが認められるけれども、本件の全疏明をもつては、右損害が回復困難な損害に該当し、かつ、該損害を避けるため本件横断歩道廃止処分の効力を停止すべき緊急の必要があると認めるに足りない。
二、申請人らは、申請の趣旨一の(二)において「本件横断歩道上の、県道福井停車場線車道中心線に設置された鉄柱ならびに鉄鎖および右横断歩道と右県道両側端部分の歩、車道の境界地点に鉄条網を設置する等の、事実行為的処分によりなされた横断禁止処分の効力は、本案判決が確定するに至るまで、これを停止する。」旨の申立をしているので、これについて判断する。
申請人らが右にいう横断禁止処分は、本件横断歩道が設置されていた県道福井停車場線の道路管理者である申請外福井県が、被申請人のした本件横断歩道の廃止に伴い、右県道に対する管理行為として、横断歩道廃止の実効を図り、右廃止にかかる横断歩道およびその附近における歩行者の道路横断を阻止するために(これが適法であるか否かはここでは触れない)、該県道に申請人主張の鉄柱などを設置した行為を指すものである。したがつて、福井県は本件申立およびその本案訴訟の当事者となつていないのであるから、申請人らのいう右横断禁止処分が行政処分であるか否かについて論及するまでもなく、福井県のした右行為の取消ないし執行停止を求めることはできないから、申請人らの前記申請の趣旨一の(二)の申立は不適法である。もつとも、本件横断歩道廃止処分が違法で裁判により取消された場合(右横断歩道廃止処分の効力を停止する裁判があつた場合も同様であるが)には、行政事件訴訟法第三三条により、福井県は関係行政庁として右裁判による拘束を受け、前記鉄柱などの工作物を撤去しなければならないことはいうまでもない。
第四よつて、申請人らの本件申立は理由がないのでこれを却下することとし、申立費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 山内茂克 西岡宜兄 大淵武男)
(別図)<省略>
(別紙)
申立書
第一、行政処分の違法性
(一) 憲法第二二条違反及び道路交通法第一三条第二項の判断に関する権限踰越乃至濫用と、申請人らの営業権侵害
一、被申請人は、昭和四六年五月一二日県道福井停車場線(起点福井停車場終点福井市大手三丁目総延長四〇〇メートル)路上、申請外日興証券株式会社福井支店前交差点に、右県道の成立時期である使用開始の公示がなされて以来設置されていた、福井市中央一丁目五番一一号先横断歩道の横断歩道廃止並びに横断禁止処分の決定をなし、更に昭和四六年八月一〇日の経過をもつて、これが決定の執行をなした。
二、被申請人は、道路交通法第一三条第二項に基づき本件行政処分をなしたものの如くであるが、右条項に規定する「道路における危険を防止」し、「その他交通の安全と円滑を図るため必要がある」と認定するにあたつては、あくまでも合理的な根拠を有すると共に右横断歩道を含む近隣地域の社会的、経済的並びに行政的要因の一般的要因並びに地域要因の分析をなし、殊に本件横断歩道が、福井県下における代表的商店街として最も繁華な高度商店街に位置するという特殊な用途的地域性を有している事実にも十分に考慮を払い、これが横断歩道の廃止並びに横断禁止処分をなすにあたつては、高度商業地域における近隣地域に居住する付近住民並びに一般市民の交通並びに都市消費生活の運営上の利便を最大限に尊重し、右市民の正当な利益と、車輛の右県道における交通渋滞を緩和し、交通事故の発生を予防する等の道路交通の安全に対する要請との調和に務めて、行政処分をなすべき法律上の責務を負つているにも拘らず、単に右県道における車輛の交通渋滞、交通事故の予防という二点のみを理由として、歩行者側に対する配慮を何等行なおうとすることなく、右県道の使用開始という行政行為によつて道路として成立して以来、昭和四六年八月一〇日に至るまで継続して設置されていた横断歩道を廃止し、横断禁止処分をなすことは明らかに法律による行政の基本理念にも反し、前記道路交通法の要件を完全に無視した違法な行為であるから直ちに取消さるべきである。
三、申請人らはいずれも本件横断歩道により連結せられる福井市役所前通り並びに市道旧福井駅前線に面した路面及び右県道並びに市道により囲まれた中間地帯に形成されている商店街に居住するものであるが、右中間地帯は主として本件横断歩道を利用することによつて福井市役所方面との往来の自由を確保せられていたことは勿論であるが、右中間地帯には市バスの乗車場が設置されているばかりか、有名専門店が軒を並べているため、交通機関の利用乃至買物散歩等のため、一日約二万人を超える市民並びに付近住民が通行の用に供していた事実があるので、これら都市交通並びに都市消費生活の便宜にとつて果した効用は極めて大なるものがある。
四、本件横断歩道上においては、人命に危難の及ぶ人身事故発生件数は僅少であり、いわんや死亡事故は嘗つて発生したこともなく、いやしくも「事故の多発」と表現すべき事実は何等存在しない。
「交通渋滞」と認むべき事実も何等なく、右横断歩道に向つて、県道福井大聖寺線の始点より右県道福井停車場線に東進して進入するための信号待ちの時間は、国道八号線路上に設置された信号機の燈火の配列が赤色、黄色及び青色の一回程度の変化が行なわれる時間内に概ね限られており、西進する場合には、右横断歩道手前で停車する時間は概ね数秒程度に限られている。
従つて、本件横断歩道上は「事故多発」地帯でもなく、且つ「交通渋滞」の現象は認めることができないばかりか都市交通のあり方としては、一般市民の集中、移動を最大限に保護し、人工公物としての道路を可及的自由に一般人の通行の用に供せしめ、もつて最有効に利用することを可能ならしめることこそ先決である。
この観点から被申請人が本件行政処分を行なうにあたつて、横断歩行者の歩行に伴なう弊害に優先する車輛通行の安全の必要性、付近住民の住民感情、高度商業地域における商業立地、とりわけ連導式信号機の設置、地下歩道の設置、自動車の交通制限等他の方法をとりえないかどうかを考慮すべく、これら手段をとりえないか、又は横断歩道の廃止並びに横断禁止処分以外に方策のない已むを得ざる場合においてのみ被申請人は、本件行政処分の権限を有するものといわなければならない。
従つて、右の考慮を欠き、申請人らの正当な利益を害してなされた本件行政処分は、右権限を踰越したもので違法となり、付近住民の営業の自由(憲法第二二条)を侵害し申請人らの営業権を不当にも否認するものである。
(二) 本件付近一帯の交通量
本件付近の交通量は、右県道が国鉄福井駅に向う短距離であること、市道旧福井駅前線及び市道福井市役所線との両路線が、いずれも国鉄福井駅前に通じているので、一日約二万台に過ぎない。
これは幹線道路と到底比較にならないものであり、加えて右歩道において数年来歩行者の死亡事故の発生は一件も見当らない。このような事件の下において、従来の横断歩道を廃止し、横断禁止処分をなすことは不必要なことであるばかりか、むしろ都市交通機能上弊害を生ずることになる。
仮りに本件行政処分が存続するために、自動車交通量とそのスピードが増大すれば、事故の大型化と続発の危険は急激に増大されることは火を見るより明らかである。
(三) 被申請人は、昭和四六年八月一一日本件横断歩道に鉄柵を設置し、警察官をして交通禁止の規制を行なわしめている。
第二、当事者適格について
申請人らはいずれも近隣地域に住居を有し、従来の方法による道路通行権の行使が妨害されるばかりでなく、高度商業地域の破壊による経済的損失、交通上の利便を害されることを主張し、本訴を提起しているものであるから、当事者適格を有することは明らかである。
第三、然して、申請人は昭和四六年八月一一日福井地方裁判所に対し、同庁昭和四六年(行ウ)第四号をもつて右行政処分の取消請求事件を提起したが、昭和四六年八月一一日以降前記横断歩道の廃止並びに横断禁止処分が存続することによつて、
(一) 福井市役所周辺に居住する住民は、本件横断歩道により連結されている県道福井停車場線と市道旧福井駅前線との二路線によつて囲まれ、市内バスの乗車場が設置されている福井市中央一丁目五番地係内商店街への交通が著しく制限せられ常規を逸する甚しい迂回路を経なければ、右商店街並びにバス乗車場に到達することができず、
(二) 前記二路線によつて囲まれた地域に居住する住民は、二路線によつて半ば孤立させられた右商店街の西端部分から福井市役所方面に向う右県道路上における交差点内の通行を全面的に禁止される結果、福井市役所方面への交通が著しく制限せられ、常規を逸する甚しい迂回路を経なければ福井市役所並びにその周辺地の商店街に赴くことができず、
いずれも社会生活上の利便を甚しく害されること。
(三) 一日約二万人を超過する横断歩道の利用者が、通行を禁止されることによつて、国鉄福井駅前を中心として終戦後二〇数年に亘つて形成されてきた、広大な商業背後地を基盤とする高度商業地域の一体性を最早や維持することができず、人為的に右県道を境界として二つの部分に地域的分割を受ける結果となり、福井駅前商店街の衰退を招来し商業背後地の縮少に伴なう商業収益の減少を直接的に招来すること。
(四) ニユーヨークのフイフスアベニユーに端を発した歩行者天国は、最近日本においても銀座をはじめとして各地で採り入れられて着実に定着する傾向にあるが、それは道路を車輛の専横から人間本位に取戻すことに外ならないのであり、このような観点から歓迎さるべき事実というべきものである。
福井県下でも、既に前記市道旧福井駅前線において実施されていることは公知の事実である。
このような道路における歩行者の主体性が再認識されようとしている社会情勢下において、交通渋滞を緩和し、都市機能の回復を真に実現しようと意図するものであれば、第一義的に車輛の交通規制、速度制限、信号機の設置、立体交差(地下歩道)を実施すべきものであつて、これら車輛の規制を行うことなく、直ちに横断禁止処分を断行するが如きは利害の衝量を行なわない無暴な処分と言わざるを得ず、違法性を帯びるものである。
本件横断歩道が、福井駅前商店街の中心的位置にあり、市バス、郊外バスの乗車場間を直接に連結し、市民の生活必需品の購入のための交通並びに都市消費生活上枢要な通行路として、現実に一日約二万人以上に及ぶ市民が、二〇数年来使用に供していた実績に照らしても、横断禁止処分は被申請人の権限の行使につき、濫用乃至踰越を行なつたものといわなければならない。
従つて、かかる都市交通機能に対する車輛優先の思考によつてなされた横断禁止処分が存続する限り、地域住民並びに一般市民の交通及び都市消費生活機能に対し重大な支障と不便を強要する結果を招来することは明らかである。
これらの地域住民並びに横断歩道を利用する市民の便宜乃至利益は、横断禁止処分によつて、日々現実に失われているのであり、後日金銭をもつて回復することのできない性質のものであるから、「回復不能の損害」が発生するものといわざるを得ない。
しかも、横断禁止処分が断行された現在、本案訴訟によつて将来勝訴判決が確定するに至るまで、申請人らにおいて横断をなし得ないものとするならば、市民生活上の不便と経済生活上の重大な損失に対し、いずれもその損失の立証すら、技術的困難性を伴うが故に、一方的犠牲を強要される結果となり、右事実は回復困難性と併せて「緊急性」を帯有することは明らかである。反面、被申請人の執行を停止したとしても、公共の利益を犠牲にする虞は全然なく、後に処分の執行を不能にするものではない。
よつて申請人らは、行政事件訴訟法第二五条に基づき執行停止申請に及んだ次第である。
(別紙)
補充書(一)
第一、
一、被申請人は、昭和四六年八月一一日横断歩道の廃止処分を断行し、更に後記の如き事実行為的処分をなしたことにより最早や行政処分の執行又は手続の続行の停止によつては目的を達することができない。
二、被申請人は、昭和四六年八月一一日本件横断歩道上の県道福井停車場線の車道中心線に、横断歩道廃止の立看板を設置したのみならず、右地点に鉄柱並びに鉄鎖を設置し、右県道中心線に沿つて区分帯を形成し、かつ右横断歩道と右県道両側の歩、車道の境界地点に鉄条網を設置する等の事実行為的処分により横断禁止処分を断行している。
よつて、本件行政処分の効力の停止を申請するものである。
第二、申請人らは、前記行政処分執行停止決定申請事件「申請の理由」を次の通り補充する。
一、本件横断歩道は、昭和四六年八月一一日以降鉄柱並びに鉄鎖及び鉄条網の張られた鉄さく等で横断禁止の事実行為的処分がなされているものの、道路交通法第九条第二項、道路交通法施行令第七条第一項に基づく道路標識等としては、横断歩道が廃止された旨の立看板が設置せられているのみで、未だ「歩行者横断禁止」の道路標識は設置されていない。
二、本件横断歩道は、県道福井停車場線の成立と同時に、客観的に横断歩道としての形態を有して設置されていたものであり、道路交通法の施行された昭和三五年一二月二〇日以降も「歩行者の横断の安全を図るため」という現実的必要性と有用性の裏付の下に、歴史的にも付近住民を含む市民生活の公益を助長するものとして設置されていた筈のものである(事実上公益が推定されていると断定すべきである)。
然るに今般、横断歩道の廃止処分をなし且つ歩行者の通行を妨害する態様における横断禁止の事実的処分をなすに際しては、仮りに被申請人の本件処分行為が行政法上の自由裁量行為に該当するとしても、歩行者の有する通行権を中核とする公益と、横断歩道を廃止し且つこれが県道上の区間につき横断禁止処分をなすことにより保護さるべき公益との比較衡量が明白に行なわれるものでなければならない。
然しながら、申請人らは被申請人から未だ嘗つて本件横断歩道廃止の合理的根拠乃至本件横断歩道の存廃に関連して生ずる付近住民の居住する地域の社会的、経済的、行政的要因の変化の程度、これが要因の変化に伴い発生すべき諸種の利害及び本件行政処分によつてこれらの利害を超越して得らるべき公益の具体的内容について、何等の科学的調査資料、予測に関する科学計算その他権威ある調査報告、その他情報も開示されていないし、申請人らがこれらの資料が得られなくても、せめて本件横断歩道に代替さるべき地下歩道の設置が実現するに至るまでの期間でも猶予してほしい旨の要望をなしたにも拘らず、一蹴せられ本件行政処分が断行されたものである。
これらの経過に照らしても、被申請人は道路交通法第七条第一三条を適用するに際して、無制限に歩行者の通行或いは横断の禁止をなし得るものと解釈を誤まつた結果、本件行政処分が断行されたものといわなければならない。
(別紙)
補充書(二)
第一、仮りに被申請人において、本件横断歩道上の道路中央帯に車線を分離する態様により、鉄柱並びに鉄鎖をもつて区画せられた分離帯、立看板及び歩、車道の境界線上に鋼鉄網をもつて編まれた横断抑制用防護柵により事実上、横断歩行を不可能ならしめている事実行為的処分をもつて、道路管理者たる福井県のなしたものであつて、被申請人において横断禁止処分をなした事実がないものとすれば、所謂本件横断歩道の廃止処分は道路交通法第一二条第一項を根拠としてこれを行うことは到底できないものであるから、道路交通法第一三条第二項に依つて横断禁止処分をなすのであれば別論として、その他本件横断歩道を廃止するにつき法律上の明文の規定もなく、従つて法定手続に基くことなく断行せられた違法な行政処分といわなければならない。
即ち、道路交通法第一二条第一項の規定は、「公安委員会は、歩行者の横断の安全を図るため、横断歩道を設けることができる」と規定し、同法第一三条第二項は「歩行者は、公安委員会が道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要があると認めて指定した道路の区間においては、道路を横断してはならない」と規定し、いずれも公安委員会が公益のため必要と認めるときは或る行政処分をなし得る旨を規定し、所謂文理解釈上自由裁量行為であることが明白になつている。
ところで、凡そ自由裁量行為は、法律の規定を俟つことなくこれを容認することができないばかりか、本件横断歩道廃止処分の如き、付近住民にとつて道路通行権、経済効率の低下、市民生活上の利便の障害等、付近住民の権利並びに自由を制限しこれに過大な負担を課する結果を招来する行政処分については仮りに「公安委員会は、都市交通の円滑を図るため横断歩道の廃止をすることができる」旨の明文の規定が設けられているとしても、前述の如き行為の性質上、法規裁量(覊束裁量)とさえ解すべき余地が存在するのである。
即ち本件横断歩道廃止の行政処分は、道路交通法第一三条第二項の規定に準拠することなく実施せられ並びに同法第一二条第一項の解釈を誤り、その結果法定手続に従わずなされた違法な処分であるから、その瑕疵は明白である。
第二、被申請人代理人等作成に係る意見書記載の理由に対する反論
一、(1) 右理由第一、一、記載の事実中、被申請人のなした横断歩道廃止処分は、前述した如く不適法なものとして取消を免れないものであるが、被申請人が、廃止の必要を認めるに際して、福井駅前周辺における付近住民を含めた歩行者網(パーソン・ネツトワーク)、歩行者航路(パーソン・トリツプ)等の行動調査をなした形跡もなく、交通工学上、地区内街路網を計画する際の主要な要因というべき目的地への接近のしやすさ(アクセシビリテイー)及び居住環境に対する配慮も行うことなく、――即ち、車輛が国鉄福井駅に到達し易くするために、通過交通を排除し、国鉄福井駅を出発地(オリジン)或いは到着地(デステイネーシヨン)としない車輛を通過させないための交通規制を行ない、付近住民の道路通行権を確保し、歩行者の目的地への接近のし易すさと、経済的、社会的便宜性を向上すること。――単なる「歩行者の安全を確保し、都市交通の円滑を図るため」という一般条項的概念を掲げ、車輛の高速運転を可能ならしめ、付近住民の道路通行権を事実上不能に帰せしめる横断歩道廃止処分は、何等の合理的根拠も有しないものである。
蓋し、交通工学上横断歩道が地下街路或いは横断歩道橋の設置(代替措置)によつて横断禁止処分をせられた場合車輛の進行速度が上昇し、且つ通過交通量の増大に伴ない交通事故が多発する要因を含み、必ずしも交通事故の減少をもたらすことを理論的に根拠づけることは到底不可能であるばかりでなく、かえつて車輛の流れを円滑にするのではなく、信号機等の設置により頻繁に停車させ、低速運転を行なわせる交通規制をなす方策こそが、追突その他人身事故その他重大な交通事故の発生を防止する有効適切な手段であることが力説されているところである。
従つて本件横断歩道の廃止処分は、被申請人の主張する公益目的自体、循環論に終始し内容空虚なものであるばかりでなく、法律の究極目的である利益権衡、車輛通行と付近住民の歩行通行権の比較衡量を欠くものと言わざるを得ないばかりか、車輛通行のアクセンシビリテイーという観点から考察しても僅かに総延長四〇〇メートルに足らない県道福井停車場線において、何故に車輛の高速運転を可能ならしめる必要性が存在し、他方付近住民の本件横断歩道上の通行を事実上不可能に至らしめる態様での横断歩道廃止処分を断行しなければならないものであるかにつき甚だしく疑念を抱かざるを得ないものである。
近時車輛の東京都心部乗入れ禁止措置、速度制限等の交通規制の強化が交通事故の解消を行なうため有効な施策として、東京都、愛知県下において実施せられている事情も十分に斟酌せらるべきである。
(2) 被申請人は、本件横断歩道上に設置せられた中央分離帯並びに横断抑制用防護柵は、道路管理者である福井県のなしたことで、被申請人とは直接無関係であると強弁するものであるが、本件横断歩道はあくまで道路の形態上は、交差点付近に位置し、市役所と申請人嶋田静方とを結合し、更に申請外株式会社勝木書店、同株式会社だるま屋に通ずる重要な経路としての道路面であるから、かかる地形、場所に道路工作物を設置することは、交通安全施設等整備事業に関する緊急措置法、同法施行令、道路構造令によつても許容されないばかりか、前記緊急措置法所定の交通安全施設等整備事業は、悉く都道府県公安委員会と道路管理者の協議(実質上は都道府県公安委員会の要請)により実施されることとなつているので、財政上の援助措置に裏付けされているが故に、道路管理者において前記道路工作物を設置したからと言つて、道路における歩行者の交通の障害となる道路工作物の設置を福井県に対し要請し、これが設置をなさしめ、本件横断歩道の廃止処分をもつて、事実上横断禁止処分をなしたと同一の結果を招来せしめていることは法律による行政を旨とする法治国家において許されない所為である。
(3) 右理由第一、二、記載の被申請人の主張は争う。
二、右理由第二記載の被申請人の主張はすべて争う。
行政事件訴訟法第三条「抗告訴訟」所定の「処分その他公権力の行使に当たる行為」とは、法が認めた優越的な地位に基づき、行政庁が法の執行としてする権力的意思活動を総称し、その代表的なものは、行政法上の法律的行為或いは準法律的行為たる性質をもつ所謂行政処分であるが、それにとどまらず、行政庁が一方的に行う事実行為的処分で相手方の権利自由の侵害の可能性をもつものを含むものであることは規定上明白である。
しかも右事実行為的処分は、行政庁の一方的意思決定に基づき、特定の行政目的のために国民の身体、財産等に実力を加えて行政上必要な状態を実現させようとする権力的行為であるから、法律行為的処分と同様に法の根拠を要するものとともに、国民の権利自由に対する侵害の可能性をもつ行為であることを要件とするものである。
被申請人の摘示する判例は、本件事案において「処分の違法性」を論ずる趣旨と内容に著しい相違があり、適切なものとは言えない。
本件事案における抗告訴訟の訴訟物、当事者適格についての先例としては、東京地方裁判所昭和四五年(行ク)第七〇号執行停止申立事件(昭和四五年一〇月一四日決定行政事件裁判例集第二一巻第一〇号一頁)が存在する。
杉本良吉判事(法曹時報第一五巻第三号三四頁以下)原田助教授訴えの利益(行政法講座第三巻二六四頁以下)御参照
三、(1) 右理由第三、一、記載の被申請人の主張は争う。
行政事件訴訟法第九条所定の「法律上の利益」とは、抽象的な規定であり
(a) 個別的な効果をもつ不利益処分に対しては出訴資格は処分の相手方のみに限り
(b) 個別的な効果をもつ授益処分に対しては、授益者と相反する利益状態にある者で具体的な不利益を主張する者に出訴権を認め
(c) 必ずしも特定人を対象とするのではなく、社会一般に広汎な影響をもつ処分に対しては
これにより事実上最も不利な影響を蒙る社会集団の一員にその集団的利益を主張して出訴することを認めるべきである。
最高判昭和三七年一月一九日民集第一六巻一号五七頁
盛岡地判昭和三七年七月九日行裁例集第一三巻第七号一三三一頁
(2) 右理由第三、二、記載の被申請人の主張は、これを争う。
本件横断歩道は、その設置されている位置、形態から判断して、単なる横断歩道としての機能のみならず、申請人らにとつて、官庁地区と駅前商業地区を接続し、県道、市道により挾まれた中間地帯を、所謂道路の中間に設置された島として孤立させることなく接続せしめる枢要な交通経路としての役割を果しているものであるから、放送会館前地下道や繊協ビル前の横断歩道による代替効果を論ずること自体、著しく不適当である。
然も放送会館前の地下道が設置される以前においては、右県道上に本件横断歩道と並行して横断歩道が設置されていた事実は公知の事実であるから、聊かも本件横断歩道を不要とする論義に係り合いを有しないものである。
申請人らの道路通行権は、被申請人に対し違法な横断歩道の廃止処分の是正を請求するものであるから、具体的権利主張として適法なものといわなければならない。
(3) 右理由第三、三、記載の被申請人の主張は争う。
申請人らは、行政処分の違法性を主張するものであるから、被申請人は適法性に関する具体的疎明を尽すべきである。
四、右理由第四記載の被申請人の主張は争う。
五、右理由第五記載の被申請人の主張は、交通工学上の通説にも合致しない車輛通行優先の思想に基づくものであり、且つ具体的根拠も薄弱であるので、到底容認することができない。
六、右理由第六記載の事実中、申請人らの従前の申立に反する部分はすべて争う。
(別紙)
意見書
第一 被申請人の行なつた横断歩道廃止行為の内容について
一 被申請人は、福井市中央一丁目五番一一号地先の県道福井停車場線上に設置した横断歩道(通称日興証券前横断歩道と呼称するもの、以下単に本件横断歩道と略称する。)が、後記の通り歩行者の安全を確保し都市交通の円滑を図るためこれを廃止する必要性を認め、去る八月一〇日限りこれを廃止することとし、翌一一日早朝現場道路上に設置してあつた道路標示を抹消し、道路標識をすべて撤去するとともに一般にその旨を知らせるため横断歩道廃止の立看板一個を設置したものである。
これと同時に道路管理者である福井県は、道路の安全と円滑な交通を確保するため中央分離帯を設けかつ鉄柵などの道路附属物を設置したのであるが、これらは道路法その他(交通安全施設等整備事業に関する緊急措置法、道路構造令等)に基づき福井県が行なつたもので被申請人とは直接無関係である。
二 申請人らは、右に対し被申請人を被告としてこれが取消を求める本案訴訟を提起するとともに行政事件訴訟法第二五条に基づいて所謂「処分の効力」の停止を申請したものと考えられる。
しかしながら申請人らの本件申請は、左の理由により却下せられるべきものと思料する。
第二 本件横断歩道の廃止行為は、所謂取消訴訟の対象とならないものである。
所謂取消訴訟の対象となりうる行政庁の処分とは、公権力の主体である国または公共団体が行なう行為の内その行為によつて国民の法律的地位に何らかの変動を及ぼすものをさすものと解せられている。
ところが、被申請人の行なつた本件横断歩道廃止行為は、道路交通安全対策として公益上の必要からなされたもので直接申請人らを対象として行なわれたものでない。
従つて、仮に本件横断歩道廃止によつて申請人らの往来ないし営業上に何らかの影響があるとしても申請人らの法律的地位に変動が生じたものとはいい得ないので、本件は抗告訴訟の対象たる所謂「行政庁の処分」に該当しないものである。
(最高裁 昭和三四、八、一八判決 最高裁判集一三巻十号一、二八六頁
右同 昭和三九、一〇、二九判決 右同 一八巻八号一、八〇九頁
広島地裁 昭和四四、三、一九決定 判例時報第五七一号 四三頁)
第三 申請人らは本件につき訴えうる権能、所謂当事者としての適格性を有しない。
一 行政事件訴訟法第九条の所謂取消訴訟を提起するには、処分の取消を求めるにつき法律上の利益が存することを要件としている。
ここにいう「処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者」とは、当該処分によつて直接具体的に何らかの権利または法的利益を侵害せられていてその処分を取消すことによつて侵害が除去せられ権利または法的利益が回復し得る地位にある者をさすのである。
従つて、当該処分によつて何らかの不利益を受けたとしても権利または法的利益を侵害されない者は、取消訴訟を訴え得る権能、所謂「原告適格」を有しない。
(東京地裁 昭和四〇、四、二二決定 行裁例集一六巻四号 七〇八頁)
二 本件横断歩道の廃止によつて申請人らは、従来横断歩道としてこれを利用し得たものが廃止後はこれを利用し得ないという不便が生ずることは考えられるが、後記の通り本件横断歩道には極めて短距離において、すなわち東方約七五、五メートルには放送会館前の地下道があり、また西方約六六メートルにはまるせんビル前の横断歩道が存するのでその不便は十分補いうるものであつて常識上日常生活にさしたる不都合を与えるものでないのみならず、横断歩道が設置された場合これを利用する者は、他人の共同使用を妨害しない限度においてこれを使用しうる自由を有するにとどまり、この利用の利益は特別の権利と称すべきものではなく、これを利用しうる所謂反射的効果たる利益を有するにとどまる。
従つて、横断歩道廃止に伴つて生ずる申請人らの受ける不便は、単に所謂反射的利益が損われたというにとどまり法的救済を求め得る利益に該当しないのである。
(岐阜地裁 昭和三〇、一二、一二判決 行裁例集六巻一二号二、九〇九頁
千葉地裁 昭和三四、 九、一四判決 右同 一〇巻九号一、八一二頁
水戸地裁 昭和四一、 六、二九判決 右同 一七巻六号 六九七頁
東京高裁 昭和四二、 七、二六判決 右同 一七巻七号一、〇六四頁)
三 申請人らはこの点について、「申請人らはいづれも近接地域に住所を有し従来の方法による道路通行権の行使が侵害されるばかりでなく、高度商業地域の破壊による経済的損失、交通上の利便を害され営業権を不当に侵される。」と主張し、その具体的事情として
(一) 市役所周辺に居住する住民と本件横断歩道を越えた反対側商店街の住民との相互間の往来が「常規を逸する基しい迂回路」を経ざるを得なくなり相互の交通が著しく制限せられ社会生活上の利便をはなはだしく害される。
(二) 国鉄福井駅前を中心として形成されてきた高度商業地域の一体性が破壊せられて二区域に分割せられる結果「福井駅前商店街の衰退を招来し商業背後地の縮少に伴う商業収益の減少を直接的に招来する。」
というのである。
しかしながら、前記の通り本件横断歩道を廃止しても極めて短距離において東方に地下道、西方に横断歩道が存在するので極めて容易にこれを利用して往来することが可能であり、常識的に見ても申請人らの主張するごとき極端な交通不便ないし商業収益の減少は到底考え得ない。
この点は被申請人においても十分検討の上横断歩道の廃止に踏切つた次第であつて、決して申請人らの強調するように「権限の行使につき濫用乃至踰越を行い」、「地域住民並びに一般市民の交通及び都市消費生活機能に対し重大な支障と不便を強要する。」ものではないのである。
第四 本件横断歩道廃止は、すべて手続を完了しているので所謂執行停止は許されない。
本件横断歩道の廃止については、前記のごとく八月一一日早朝現場道路上に設置してあつた標示および標識をすべて撤去してその廃止に伴う手続はすでに完了したのである。
所謂執行の手続がすでに完了している場合には元来これが執行を停止するということは無意味であり、かつ本件のごとき道路上における交通規制に関する案件において、所謂処分の効力の停止というがごときは実現不可能のことである。
実現不可能な所謂執行停止は許さるべきでない。
(大阪地裁 昭和二四、五、二八決定 行裁月報二三号 三五六頁)
第五 本件執行停止は、公共の福祉に重大な影響を及ぼす。
最近における自動車交通の著しい増加とこれに伴う交通事故の激増は真に憂うべきものがあり、早急に抜本的対策が要請されるのであるが、特に市街地における総合的交通対策として、市街地道路における交通規制が緊要であることは論をまたない。
本件横断歩道の廃止は、被申請人において後記のごとく総合的な交通対策の一環として多年にわたり種々調査検討の末取上げられたことであり、これが執行停止は総合的交通安全対策に支障を来しひいては交通事故頻発の危険を招くものであつて、広義の公共の福祉に重大な影響を及ぼすこととなるのでこの意味からも本件執行停止は許さるべきでない。(行政事件訴訟法第二五条第三項)
第六 本件横断歩道廃止の経過と適法性について
一 本件横断歩道は、昭和三七年一〇月三日設置されたものであるが、その周辺の道路形態は別紙図面に示す通りである。
被申請人が本件横断歩道を廃止するに至つた事情経過は次の通りである。
最近における自動車交通の著しい増加とこれに伴う交通事故の増加等によつて市街地における主要道路は随所において交通渋滞をおこし、これが運転者や歩行者の焦燥感をあおり交通事故増加の大きな原因となつている。
このように日増しに緊迫する交通情勢を憂慮して被申請人は、次の事情を考慮して都市交通の機能確保と歩行者の安全を確保するため、本年五月一二日の定例公安委員会において、三年越しに廃止、存続をめぐつて論争を続けてきた福井市内の目抜き通りに設置されている本件横断歩道を廃止することを決め、地元住民に対する説得工作など諸準備をすすめたのであるが、当初予定した八月一日の期日を地元民の要望により一〇日間延期することとし、すべてを尽して八月一一日午前〇時を期して廃止したものである。
(一) 本件横断歩道を中心とした道路事情
本件横断歩道は、県道福井停車場線と国道八号線および県道福井―大聖寺線が交差する大名町交差点(信号機付横断歩道)から東方約六六メートルの地点に設置したいわゆる福井市の目抜き通りの横断歩道である。
そのうえ、道路幅員一四、五メートルの市道(四工区二一号線)も大名町交差点に交わり、変形的な五叉路となつている。
そのほか、大名町交差点を南北に横断している軌道車(福井鉄道の福武線)があり、更に同交差点の北方から東方の市道に斜横断して引込み線があり、また京福バスターミナルが近接していて一日三三三台の郊外バスが発車しているなど交通の要所であると同時に県内でも有数の交通混雑の著しい場所である。
もちろん、県道福井停車場線およびこれと結ぶ福井―大聖寺線は、中央分離帯が設けられた片側三車線の道路(幅員二八、六メートル)であり、国道に次ぐ準幹線道路としての機能を呈している(詳細は別紙図面を参照せられたい)。
(二) 本件横断歩道における交通渋滞と歩行者の危険度
本件横断歩道は比較的利用度が高く一二時間の歩行者約四、〇〇〇人であるが(一)に記載するごとき道路形態にあるため歩行者は常に危険にさらされており、廃止問題については真にやむを得ないとする見方が非常に強い状況であつた。
交通事故は、昭和四五年中にこの横断歩道の付近で三二件も発生しており、死者こそ出ていないものの重大事故発生の要因はきわめて多い場所でもある。このようなことから運転者らの間においては廃止要望の声が強く、歩行者を含めた各層の間においても地下道まで七五、五メートル、信号機付き横断歩道まで六六メートルしかない地点の横断歩道であるだけに廃止もやむを得ないとする見方が強く出されていた状況にある。
(三) 本件横断歩道廃止の場合の歩行者の利便
本件横断歩道の至近距離に左記東、西二箇所の交通路が存在するので歩行者にはさしたる不便を与えるものではない。
1、放送会館前と勝木書店横との間に設けられた地下道
本件横断歩道までの距離七五、五メートル
2、まるせんビル前とハギレヤ前との間に設けられた信号機付横断歩道
本件横断歩道までの距離六六メートル
警察庁交通局長通達昭和四一年四月二一日付「交通規制実施基準の制定について」にも横断歩道設置基準として市街地において他の横断歩道(地下道を含む)との至近距離を二〇〇メートル以上と定めているので、右「1」の地下道と「2」の横断歩道との距離を考えると、本件横断歩道は右設置基準の基準外となり存置を必要としないのみならずむしろ不適当である。
二 被申請人は叙上の事情を検討する外更に
○ 城の橋踏切の立体交差完成後の大名町交差点における右折車輛等の流れに著しく支障がある。
○ 交通信号機を設置して歩行者を通行させることは、交通信号機の系統化等とも関連しているので困難である。
などの点をも考慮に入れて前記のごとく都市交通の機能の確保と歩行者らの安全を確保するために早急に本件横断歩道を廃止すべきであるとの結論に達したのである。
三 なお申請人らその他地元住民に対しては、直接間接に、福井警察署交通規制審議会、福井商工会議所主催の打合懇談会その他において福井警察署長らを通じて十数回にわたり本件横断歩道の廃止について説明してきたのであつて、突然抜打的に廃止を断行したものではない。
四 申請人らは、被申請人が「道路交通法第七条、第一三条を適用するに際して無制限に歩行者の通行或は横断の禁止をなし得るものと解釈を誤まつた結果」「横断禁止の権限の行使につき濫用乃至踰越を行つて」「横断禁止を断行し而も歩行者横断禁止の道路標識を設置しない」旨主張するのであるが、それは全く誤解に基づく論難である。
被申請人は、道路交通法第一二条に基づいて設置されていた本件横断歩道を前記のごとく都市交通の機能確保と歩行者の安全を確保するため八月一一日以後これを廃止したものである。
本件は、道路交通法第七条(道路の区間を定めてなす、歩行者又は車輛等の通行禁止及び制限)、同第一三条(歩行者の道路横断禁止義務)に基づいて被申請人が何らかの処置を行なつた場合ではない。従つて申請人らの右主張は理由がない。
第七 以上の通りであるから本件申請は却下せらるべきである。
(別紙)
補充意見書
一、道路交通法は「道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り、及び道路の交通に起因する障害の防止に資することを目的」として制定されたものであつて、その目的を達成するために、同法は警察の管理機関たる公安委員会に対し種々の権限を与えているのである。
同法第一二条もその権限の一つであつて、公安委員会は「歩行者の横断の安全を図るため、横断歩道を設けることができる」のであるが、直接その設置の必要がなくなつた場合は勿論のこと、必要に応じ一旦設置した横断歩道を将来に向つて変更または廃止することも他にこれを制限する特別規定のない限り公安委員会の権限に属するものと解さねばならない。
さらに詳言すれば、道路交通法では第七条第一三条などで、公安委員会に各種の規制の権限を認めているが、それらの条文はいずれも「……できる。」と規定されており、変更または廃止ができるという趣旨の規定はない。道路交通事情は、刻々と変化するものであるが、一度なした規制を所論のように変更ないし廃止するという規定がないからといつて認められないとするならば、規制は硬直したものとなり、道路交通の実情に沿わないばかりでなく交通の安全と円滑をはかることができなくなる(このことは、道路交通法の主務官庁たる警察庁の行政解釈でもある。)。
本件横断歩道は、福井市の目抜き通りの特に交通混雑の著しい大名町交差点の至近距離(東方約六六メートル)にあるため交通渋滞の原因をなしており、また歩行者は車と平面交差して常に事故の危険にさらされる状況にあり、この憂慮すべき状態はますます急激に増大することが必至であるので、被申請人は都市交通の機能の確保と歩行者らの安全を確保するため、早急に本件横断歩道を廃止すべきであるとの結論に達した次第であつてその詳細は先に提出の意見書に記載した通りである。
従つて本件横断歩道廃止の処置は申請人らの主張する如く、法令の解釈適用を誤つたものでなく決して違法ではない。
なお本件申請は、行政事件訴訟法第二五条第二項の要件である所謂「緊急性」が認められないのであるが、その点については左記判例の所論を参照せられたい。
(東京地裁昭和四二、二、二二決定 判例時報第五〇〇号三八頁)
二、(一) 申請人らの補充書(二)に「道路工作物の設置を福井県に要請しこれを設置せしめ、本件横断歩道の廃止処分をもつて事実上横断禁止処分をなしたと同一の結果を招来せしめた」旨の記載があり、被申請人を非難しているのであるが、意見書に記載したとおり、本件の中央分離帯(仮設)・鉄柵の設置は道路管理者である福井県が必要と認めて自己の裁量判断に基いてなされた行為である(行政機関が関連事務について互に連絡することは当然である。
右は謂れのない非難である。
(二) 申請人らの援用する判例は何れも本件とは態様を異にしており、本件の場合には適切でないので本件申請を裏付ける根拠とはならないものである。